2014年09月26日

嘉納治五郎と勝海舟

勝海舟は、その人物が凡人であるか非凡であるかを見分けるのに、次のようなものさしで見ていた。「職責を超える仕事ができるかできないか。また、求められたら、そういう職責を超える仕事をやる勇気があるのか、ないか」

身分は幕府の無役である。
また、長崎の海軍伝習所にいた時、学生監督程度の身分で、薩摩藩主島津斉彬と会っている。斉彬は、勝を友人待遇にし、自分でもしばしば手紙を書いた。いわば、幕府の外交官のような立場で、斉彬と堂々と対していたということだ。神戸に海軍操練所を作り、幕府や各藩の子弟を預かって教育した時、別に私塾を設け、ここに坂本龍馬以下、資格のない若者を全部放り込んで教育した。明らかに職責を超えている。

姑息な幕臣だったら、後生大事に幕府が作った海軍大学の経営と教育に邁進し、私塾を作ってまで、資格のない者を教育するということはしなかったろう。

役所や、銀行や、学校などの堅いと言われる職業を持つ人の中で出世するのは、自分の職分を超える人との付き合いや、異業種の会合や勉強会への参加を怖れないことだ。その組織内での、古くからのしきたりや上下の力関係を飛び越える、実力なりパワーを持っているから、枠をはみ出すことができる。失敗を恐れ、余計なことは一切やらないという、守りに入った人間は、変化の激しい現代では生き残るのは難しい。柔らかな心を持ち、チャレンジを怖れず、職責を超える仕事ができる人に期待できそうだ。

参考:
童門冬二『勝海舟の人生訓』PHP文庫

posted by その木なんの気、柳の気 at 14:09| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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